テクノロジー法務の国際潮流

2025年05月08日公開

第10回 テクノロジー時代のキャリア

『キャリアにつながる法学のポイント』刊行!

 『キャリアにつながる法学のポイント』が2025年4月末に刊行された。同書は、法学入門の性質があり、法学部生、法務担当者になったが法律に自信がない方、そして法律を学び(直し)たい全ての方に対して実務における問題解決に役立たせるという観点から法律の基礎を伝えることが主目的の一つである。それと同時に、キャリア教育担当特別客員教授による授業の教科書として、それぞれの法律が実務にどのように役立ち、どのような形でキャリアにつながるかを説明するという副次的な目的もある。
 以下では本書の出版の記念という意味も含め、特にAIのリテラシー・情報法関係の法律知識がいかにキャリアに役立つかを説明したい。

Ⅱ  AI時代の法律のキャリア

1 多様なキャリアが広がる反面としてのキャリア迷子の可能性

 昔はある意味では法律系のキャリアは「一本道」だった。例えば弁護士なら「数年イソ弁(居候弁護士)として修行して、その後独立して自分の事務所を開設する」というルートが典型的ルートとされた。法務担当者も、ジョブローテーションで現場等も回りながらいくつかの部門を経て、法務に配属されて適性ありとされると、法務や関連する仕事を主に任せられながら管理職への出世を目指す等、伝統的キャリアが存在する。
 しかし、例えば(インハウス以外の)弁護士のキャリアとして、以下のような様々な可能性が広がっている。

 ・企業へ出向して企業の実情を理解し、より良いサービスの提供や転職に活かす
 ・任期付公務員として、法執行や立法の実情を理解し、より良いサービスの提供や転職に活かす
 ・社外役員として、より良い経営上の意思決定に貢献する
 ・大学教員又は在野研究者として教育、研究活動を行い、理論と実務を架橋する
 ・団体(弁護士会、派閥を含む)・協会等で仲間と社会貢献活動を行う
 ・副業として(有償でまたは無償で)プログラミング、ITサービス提供、(法律事務以外の)コンサル等を行う

 また、インハウスを含む企業内のキャリアも以下のような様々なものが可能となっている。

 ・GC、CLO等の法務を活かした役員としてのキャリア
 ・法務に限られず管理部門で働く、とりわけ、公共政策部門等の法務での経験を活かせる部門で働くキャリア
 ・管理部門に限られず、法務の知識や経験を活かして様々な部門で働くキャリア
 ・管理部門系マネージャーキャリア
 ・(管理部門に限られない)マネージャーキャリア
 ・起業(例えばリーガルテック系の起業)をするキャリア
 ・(典型的には弁護士資格を持った法務担当者が)副業として社外に法律サービスを提供するキャリア

 まさに、無限の可能性が広がり、素晴らしい未来が待っているものの、逆に言えば「何でも可能」と言われて途方に暮れ、キャリア迷子になる可能性が生じてしまっている。

2 キャリアデザインの工夫で大きな発展可能性が拓かれる

 筆者は2022年に『キャリアデザインのための企業法務入門』、2023年に『キャリアプランニングのための企業法務弁護士入門』を著し、法律系キャリアにおけるキャリアデザインが必要だと力説した。その後、2024年から、『法学部生のためのキャリアエデュケーション』を教科書にキャリアの授業を担当している。
 このような執筆・教育活動の中、筆者はキャリアデザインの重要性を実感している。つまり、キャリアは勝手に降ってくるものでも、あがなえない運命でもない。もちろん運不運やタイミング等な要素もあるが、自分で方向性(軸・ポリシー)を考え、その方向に向けて準備をして、アピールを行い、いざ到来したチャンスで結果を出して自分の希望するキャリアを作り上げていくしかない。
 だからこそ、まずは自分のキャリアを構想する、キャリアデザインが重要なのである。

3 AIのリテラシーを持って、AI時代の「付加価値」を身につける

 では、どのようにAIのリテラシーを実現するのか。この点については、2つのことがいえるだろう。
 まず、将来の仕事においてはAIを利用することが必須になる。筆者はパソコンの例をよく利用する。2025年に転職活動をする際「私はパソコンを使えないし今後も使うつもりがない」と言ったら、少なくとも弁護士や法務担当者として転職することは極めて困難となるだろう。そして、将来的にはAIもそのような位置づけとなり、AIのリテラシーが最低限必要となる。
 とはいえ、そのようなAIのリテラシーは「ないとキャリアにおいて困る」というだけであって「あったらもてはやされる」というものではない。だからこそ、AI時代の付加価値を身につける必要がある。筆者は、一般論として「自分はAIを利用してAIだけではできないことができる」と説明できることがAI時代において付加価値のある人材としてキャリアを発展させる上で重要だ、と述べている。単にAIの出した回答をコピペするだけでは、「あなたを雇う意味は何か?」という質問に答えられない。しかし、AIの支援は受けながらも、AIだけではできない何かを見つけ、それを「できます!」ということがAI時代に活躍する上で重要なのである。

Ⅲ IT・AIの重要性を踏まえ、情報法をキャリアに活かす

1 情報法のリテラシーが必須となっていること

 現代において法律系キャリアを歩む上で情報法を無視することはできない。実務家の皆様は、例えば、契約レビューの際に個人情報保護や秘密保持等を検討しているであろうが、これはまさに情報法である。
 もちろん、情報法以外を中心としたキャリアを歩むのであれば、情報法の知識のうちの専門的なものは、「他の専門家」(同じ事務所の他の弁護士や顧問弁護士等)に聞けば良いという割り切りをして頂くことで全く問題はない。
 とはいえ、情報に関する問題が一見情報と無関係の法律問題において頻繁に出てくる。例えば労働問題においていかに情報が重要かについて『AI・HRテック対応人事労務情報管理の法律実務』を参照のこと。そうすると、最低限、「これは情報法に関係しそうだな」という勘所を掴み、必要に応じて専門家に相談できるようにすることは、全ての法律実務家にとって重要になってきている。

2 情報法を強みにする

 加えて、AIを含む情報法は、もちろん、向き不向きはあると思われるものの、一つの強みになり得る。つまり、AIが発展することで我々の仕事に大きな変化がもたらされる可能性があるところ、AIが発展すれば、当然そのようなAIの発展に伴う多数の業務が発生し、そこには法律に絡むものも多い。『生成AIの法律実務』では以下を含むがこれらに限らない実務対応について述べた。

 ・生成AIを利用する上での社内ルール作り
 ・基盤モデルベンダ等の利用規約のレビュー
 ・AI開発時の法的リスクとその対応
 ・AI利用時の法的リスクとその対応
 ・AIをガバナンスに利用する場合の会社法実務
 ・業務委託契約で受託者がAIを利用することのリスクに対する業務委託契約上の対応
 ・AI企業を対象会社とするM&AにおけるDD(デューディリジェンス)
 ・法的リスクを超えたELSIの実務対応(炎上リスク等)

 このような大量の実務対応は、その内容や立ち現れ方は変わっていく可能性はあるものの、IT技術やAIの発展に伴い常に発生し続ける。弁護士や法務担当者がこのようなAIやテクノロジーに関する実務対応を得意とすれば、ある意味では「食いっぱぐれる」可能性は極めて低いといえるだろう。

3 情報法を理解するために

(1) 情報法の前提となる各法分野の知識-多様な法令の総合格闘技

 当然のことながら、情報法に対応するには、その前提となる知識が必要である。とりわけ、情報法が「総合格闘技」であって、1つの法分野だけの知識では足りないことが重要である。
 例えば、アルゴリズムの問題は、一見すると契約の問題や不法行為の問題かもしれないが、実はその裏に差別や尊厳に関する憲法上の問題があって、それを踏まえた例えば民法709条の解釈論を展開することが望ましいかもしれない。また、情報に関するトラブルについて、民事で責任を追及するだけではなく、一定の場合には刑事責任を問題とすることもできる。このような、憲民刑の知識は情報法の基礎として重要である。
 また、ディープフェイクの偽造・捏造証拠が訴訟手続で利用される可能性に鑑みた訴訟法の問題、個人情報保護法、電気通信事業法等の業法を中心とする行政法の問題、社内プロセスの情報化に伴う会社法の問題等も重要である。
 更に、知財侵害への対応、プラットフォームと独占禁止法の問題、国境を越えるインターネットと国際私法の問題、人事情報の管理と労働法等、関連する法令は無限に広がっている。
 そうすると、情報法を得意としたければ、「食わず嫌い」をやめて多くの法分野について最低限の基礎的な能力を身につけるべきであり、それが情報法務の基礎体力となる。このような意味で、基本七法(憲民刑民訴刑訴商法行政法)の基礎を実務でどう使うかという解説する『キャリアにつながる法学のポイント』の活用もご検討頂ければありがたい。 

(2) 最新の情報法実務

 それに加え、常に更新され続ける最新の情報技術を知る必要がある。情報技術が変わることで、それに対応して情報法も変わっていく。GPS技術の進展に伴うGPS事件、SNSの利用に伴うリツイート事件、マイナンバーカードの利用に伴うマイナンバー事件、ブロックチェーン技術の利用に伴うコインハイブ事件、海外サーバ利用の進展に伴うFC2事件等、多くの重要判例が次々と下される。また、個人情報保護法・電気通信事業法の改正、重要経済安保情報保護法、スマホソフトウェア競争促進法、DBS法、AI新法等の新規立法等、立法分野の動きも活発である。
 だからこそ、まずは最新のテクノロジーに興味を持って、それを自分で触れてみるべきである。理屈だけを知って「なるほど」と思うのと、現に問題となっている技術を自分で使ってみるというのでは全く違う。例えば、既に無料版でも使えるようになったChatGPT Deep Researchを使ったことがない人は、是非使ってみよう。
 そして、最新の実務情報を入手し、それに対応して経験を積み続けることが重要である。もちろん、それは大変なことだが、(単なる「AIに聞けばわかる情報を知っている」というレベルをこえ)まさに「この人に頼めば、最新の情報法実務対応をやってもらえる」という人になることができれば、AI時代においても、いや、AI時代だからこそ引く手あまたな人材となれるはずである。そのためには、例えばSNSで情報法分野のインフルエンサー(学者、弁護士等)をフォローする、自分から情報法分野で発信し、交流することで最新情報を得られるコミュニティに入る等、積極的に動くことが望ましい。そのコミュニティの一つに、国際商事法研究所が挙げられる。また、書籍や雑誌、そして、インターネット記事等もうまく利用頂きたい。本連載等筆者の執筆するものがもしそのような情報収集のお役に立てれば幸いである。



松尾剛行

<筆者プロフィール>
松尾剛行(まつお・たかゆき)
桃尾・松尾・難波法律事務所パートナー弁護士(第一東京弁護士会)・ニューヨーク州弁護士、法学博士、学習院大学特別客員教授、慶應義塾大学特任准教授、AIリーガルテック協会(旧AI・契約レビューテクノロジー協会)代表理事。